2009.04 司法書士制度を考える(1)(市民と法 No.56)
司法書士 細 田 長 司
1 はじめに
平成14年改正司法書士法が施行され、司法書士界念願の簡裁代理権等を獲得して丸6年が経過しようとしている。この間、簡裁訴訟代理等関係業務を行うことが可能であると認定された司法書士資格者(未登録者を含む)は、1万2000人を超え、多くの当該司法書士が現場で活躍していると思われる。また、成年後見制度が導入されて10年が経過し、司法書士の第三者法定後見人の数は、ここ5年余りの間、弁護士のそれを上回っており、同制度において司法書士は重要な位置を占め続けているものと考えられる。
獲得された簡裁訴訟代理等関係業務や成年後見業務における活躍は、司法書士の他の分野の活動領域を広める結果となっている。たとえば、特に地方において顕著であると考えられるが、家庭裁判所が相続財産管理人や不在者財産管理人に司法書士を選任するケースが非常に多くなってきていると、実体験から感じている昨今である。
一方、不動産登記法の平成16年改正による登記原因証明情報の必要的添付、本人確認情報の提供権限、オンライン申請等の新たな制度により、司法書士の職務形態は大きく変化した。余談ではあるが、この激変を原因として、一定数の高齢者の会員が退会することとなってしまったようである。
さらには、犯罪による収益の移転防止に関する法律(以下、「犯罪収益移転防止法」という)の施行を端緒として、たとえば、売買を原因とする所有権移転登記手続代理業務における本人確認とその記録の保管等、従前より処理しなければならない仕事が増大した。しかも、日本司法書士会連合会(以下、「連合会」という)の主導による単位会の会則改正により、犯罪収益移転防止法の範囲に限らず、すべての業務において本人確認記録の保管が打ち出されたために、多くの単位会並びに会員が困惑している状態である。本人確認は司法書士の登記関係業務の中でも最も重要な職務であることは司法書士の誰もが認めるところであり、本人確認を徹底することに反対する者はないであろう。しかし、われわれの行う本人確認の方法・内容をすべての登記関係業務について、一律に、ほとんど同一のレベルで行われなければならないとすることには多くの会員から疑問の声が上がっていることも事実である。
加えて、昨年(平成20年)のリーマンショックによる100年に一度の大不況は、当然のごとく司法書士界にも波及し、登記申請件数の激減により司法書士の収入それ自体も激減し、個々の司法書士の生活が圧迫され、多くの者が青息吐息の状態である。
そのような中で、司法試験の合格者は年々増大し、昨年の合格者は2200人を超えた。司法制度改革審議会で議論された、司法アクセスの充実が法律家の「数」のうえでは、充足されつつある。近い将来、司法制度改革審議会のような組織を立ち上げ、今回の司法制度改革のフォローアップとその見直しがなされることは間違いのないところである。司法書士界としても次期司法書士法改正を視野に入れた行動が必要である。早急に、司法書士界全体がどの方向をめざすのか、展開すべき運動方針をどうするかを決定しなければならないだろう。
上述のごとく、司法書士制度の現状へ思いを馳せていたところへ、本原稿の依頼を受けた。地方における現場の一司法書士として司法書士制度を考え、早急に対処すべき事項とその方策などについて、至らぬ部分があるとは思うが私見を述べてみることとする。
2 簡易裁判所におけるすべての事件の代理権の獲得
(1)司法書士の法律相談権
司法書士の法律相談権について述べてみる。
司法書士が簡裁代理権を獲得する以前の司法書士の相談活動に関しては、弁護士会、特に都会の弁護士会から「法律相談でないにもかかわらず、法律相談会等と呼称すべきでない」等とのクレームがたびたびなされた。これに対応すべく、平成4年頃から長年にわたって連合会と日本弁護士連合会(以下、「日弁連」という)との間で「司法書士の法律事務」について協議会が開催された。協議した現場の両会協議担当者間では一定の結論に至ったが、日弁連の理事会で承認が得られず、両会における正式な合意文書とはならなかった。
ここで指摘しておきたいことは、当該合意内容においても法律相談権は認められていなかった事実である。したがって、前記のとおり、平成14年の司法書士法改正により簡裁代理権等を獲得したことを契機として、限定的ではあるがようやく法律相談権が司法書士業務として認められ、われわれの念願がかなった、ということである。この事実は、正確に理解しておかなければならない。
このように、限定的な法律相談権を獲得し、依頼者に対する法的サービスは格段の進歩をしたのだが、実際の職務の中では限定的であることから、事件を受任するにあたって、事前の相談や事情の聴取が限定的にならざるを得ず、依頼内容の全体像や関係が明らかにできないため、簡裁訴訟代理等関係業務自体にも影響が生じるという不都合がある。また、依頼者にとっても、相談に限定的な回答しか得られず、不便を感じるだろう。このような、実務処理をするうえでの不都合や不便さを解消するためには、司法書士の相談の範囲を拡張するような施策が不可欠と考える。
この点について、最近、連合会と日本司法書士政治連盟(以下、「政連」という)は、司法書士の法律相談権について、簡易裁判所の範囲にとらわれない「制約なき法律相談権」の獲得をめざし、過日(平成21年1月20日)の司法書士制度推進議連盟総会においてもその旨の決議がなされたと聞き及んでいる。現行代理権の枠組みのまま法律相談権だけを「制約なし」とするということは、すなわち法律相談権を訴訟代理権から一部分離させることを意味する。これが実現すれば、司法書士は事物管轄の制限を気にすることなく、また、家事関係の相談も登記に関係なく(さらには、刑事事件、特許関係事件、税務関係事件なども含むすべての案件に対する相談を意味することとなるであろう)応じることができることとなり、司法書士にとって活躍の場が広がることは間違いなく、実現できるのならば私も歓迎するところである。しかし、私はこのような施策に対する実現可能性に疑問を感じるのである。以下、その理由を述べることとする。
司法書士の法律相談権は、常に弁護士法72条との関係で議論されてきた。仮に、「制約なき法律相談権」が認められるとするならば、弁護士法72条との関係をどう理解すればよいのか、検討が必要だと考える。
現行の司法書士法3条1項7号相談(以下、「7号相談」という)は、条文上は独立しているが、同項6号の簡裁訴訟代理権があるから認められており、前述のとおり単独で法律相談権があるわけではない。そうなると、訴訟代理権は現行のままの状態で、「制約なき法律相談権」はどのような根拠をもった権限になるのであろうか。仮に認められるとするならば、司法書士の法律相談権については、弁護士法72条から除外された権限として司法書士法上に明示されなければならないが、その体裁は「一般的法律相談権」の体裁とならざるを得ない。弁護士の「一般的法律相談権」は、弁護士法上の「一般的法律事務」が弁護士の独占業務とされているからそれに付随して認められているものと考えられるのであるが、司法書士に同様の「一般的法律相談権」を認めよ、との主張は「訴訟代理権を伴う法律相談権」ではないのであり、わが国においてはかなり特殊な「法律相談権」を認めよとの主張であることになる。「制約なき法律相談権」の獲得の主張が、もしそこまで(「一般的法律相談権」)をいっているのではないとするのであれば、「制約なき」という曖昧な用語で誤解を招くことには特に注意しなければならない。私は、法律相談権の範囲の拡張は、現行の「訴訟代理権」と「法律相談権」を連動させる制度の形を維持しつつ、「訴訟代理権」の改善を求めることが自然であり、かつ、実現可能性が格段に高いものと考える。
また、別の側面でも考える必要がある。「制約なき法律相談牲」=「一般的法律相談権」の獲得は、司法書士にとっては、非常に心地のよい響きをもった文言である。しかし、これは他の資格者にとっても同様である。他の資格者から「なぜ、司法書士だけが『一般的』な法律相談ができると特別扱いされるのか」との疑問が呈され、他資格においても訴訟代理権を前提としない法律相談権を求めて、弁護士法72条から除外する要求がなされるのではなかろうか。
以上の論述をもう一度整理してみることにする。
つまり、平成14年法改正を今一度思い返してみると、当該法改正前には、法上、司法書士には「法律相談権」はなかった。それが簡裁代理権という基本の法律事務(正確な言葉ではないが、本稿においてはこう表現することとする。以下に同じ)を獲得したことにより、その部分に限って弁護士法72条から除外された「法律相談権」が訴訟代理権と同一のレベルで付随して認められたのであって、相談権だけが独立して認められたものではない。
法律事務は、相談から始まり基本の法律事務を行うことになるのであるが、現行弁護士法がある限り、基本の法律事務があるからその範囲の法律相談権があるという構成にならざるを得ない。
仮に、司法書士の法律相談権のみを弁護士法72条から除外するとするならば、いかなる根拠があるのかを十分に検討する必要があり、その根拠がない限り、現行の簡裁訴訟代理権のままで「制約なき法律相談権」を求めても、掛け声倒れになる可能性が非常に高いと考えるべきである。
ところで、連合会は、規制改革会議にも「制約なき法律相談権」の獲得を要望すると聞き及んでいる。仮にそうだとしたら、前述の弁護士法72条から除外される根拠をどのように説明するのであろうか。規制をなくし市民がどの資格者に頼ろうとかまわない制度にしたいと考えている規制改革会議の性格からいって、他の資格者と同様に扱われることは間違いがない。もし、今後も規制改革に関する政策が現行どおり進むとした場合、司法書士に簡裁代理権があるとの理由では規制改革会議の委員を納得させることはできないと考える。
他の資格者にも「制約なき法律相談権」が与えられてよいと考えるならば別として、明確な根拠なしに、司法書士だけが「制約なき法律相談権」を獲得しようとするならば、それと引換えに、たとえば規制改革会議が何度も検討対象としている商業・法人登記の開放や相続登記の開放を持ち出され、それ以上の犠牲を払う覚悟がいるのではなかろうか。
(2)民事調停事件と合意管轄事件の代理権の獲得
では、司法書士界はどこに突破口を見つけ出すべきなのであろうか。私は「簡裁民事調停事件」の代理権を獲得し、さらに「簡裁事件の合意管轄(応訴管轄を含む)事件」の代理権を獲得し、最終的に簡易裁判所全般の代理権(刑事事件についてはなお検討の余地あり)の獲得をめざすべきであると考える。前述のとおり基本の法律事務が獲得あるいは拡張されれば、その事務の前段にある法律相談権を認めざるを得ないのは、平成14年法改正による簡裁代理権の獲得の過程において明白な事実である。
残念ながら現在、民事調停の代理権も簡易裁判所の事物管轄の範囲に限定されている。しかし、調停は争訟性があるとはいえ調停委員が同席する話合いの場であり、当事者出席が大前提であることから、司法書士関与が簡易裁判所の事物管轄に限られる必然件は薄い。むしろ、法律に詳しい司法書士が同席し、事案を法的に整理し、アドバイス等を行うことにより手続が円滑に進むことを主張すべきであり、そのような主張であれば社会的な理解は得られるものと考える。また、平成14年法改正の時点から問題になっていた合意管轄による簡易裁判所の事件については、ほとんどの場合何ら簡易裁判所の一般的な事物管轄事件と変わるところはなく、簡易裁判所における法廷を経験した司法書士で十分に対応できるものである。簡易裁判所における代理権取得後におけるここ数年の実績を示して、簡易裁判所の合意管轄の場合の代理人が弁護士職能でなければならないことの是非を問うべきであろう。
以上の権利を獲得するためには、全国の会員が日頃の業務を誠実に行い、公明正大な実績を積み上げる必要がある。その結果、「簡裁民事調停全般」の代理権、少なくとも「簡裁事件の合意管轄(応訴管轄を含む)」の代理権だけでも獲得できたとき、初めて司法書士だけに「民事における制約なき法律相談権」が弁護士法72条から除外されるのである。
「制約なき法律相談棒」は、確かに聞こえがよく、期待がもてそうにみえるが、「法律相談権」こそ、法律専門家の生命線であり、弁護士会が全力で死守しようとしていることを十分に理解しておく必要がある。
3 家事代理権の獲得
(1)家事事件への関与の実情
ここ数年、司法書士に対する依頼内容は急激に、かつ大きく変化している。特に、司法書士が成年後見制度に取り組み、簡裁代理権を獲得したことによるものであろうが、多くの家事に関する事件が司法書士に持ち込まれている。
私は現在地方都市で開業しているが、家庭裁判所から不在者財産管理人や相続財産管理人への就任の打診がくることを知ったときは、大きな驚きを覚えた。さらに最近、司法書士を民事ないし家事調停委員に採用する裁判所が多くなってきた。これらは、裁判所が司法書士を法律実務家として認め、より活用しようとしている顕著な例ではなかろうか。この傾向は、地方郡市へ行けば行くほど強いようである。地域に密着している法律実務家だからこそ、活躍の場が与えられているのであろう。
しかし、残念ながら司法書士には家事事件における代理権(以下、「家事代理権」という)がない。司法書士に家事代理権があれば、もっと地域の人に役立ち、活躍できると考えるのは私だけではないであろう。平成14年法改正の際には、家事代理権の獲得もめざされたが、簡裁代理権のみの獲得となった。しかし、衆議院・参議院の附帯決議には、司法書士の簡裁代理実務の実績をみて検討する、という文言が盛り込まれている。簡裁代理権による市民への貢献と、成年後見をはじめとする財産管理業務の実績、家事調停委員としての活躍を全面に打ち出し、家事事件の代理権の獲得を今こそ主張すべきだと考える。
(2)実績づくりの重要性
このことは、弁護士会から激しい抵抗を受けるであろう。しかし、前述したとおり、地方へ行けば行くほど司法書士の家事事件への関与事案は多く、しかも家庭裁判所からその職務を任命されるという実績こそ大きな武器となるはずである。そのためには下記事項を強力に推し進める必要がある。
(A)成年後見
現在でも弁護士による第三者後見人より司法書士による第三者後見人のほうが、家庭裁判所から選任されることが多い状態であるが、より多くの司法書士が成年後見制度に理解を示し、任意後見人であれ法定後見人であれ、職業倫理を確立させて積極的に取り組む必要がある。
残念ながら何人かの司法書士が成年後見事務の処理過程において不祥事を起こした。しかし、われわれ司法書士は、よりしっかりとした職能倫理を確立し、「成年後見は司法書士」との社会的認知を受けるまで成年後見制度における司法書士の対応能力を発展させなければならない。全会員が「成年後見センター・リーガルサポート」をサポートし、さらなる充実をめざすべきである。私も、そのための努力を惜しまずに、取り組んでいく所存である。
(B)財産管理人
前述したとおり、各地で司法書士が不在者財産管理人や相続財産管理人に任命されている。私にも相続財産管理人の依頼がきて、現に職務遂行中である。私の事務所は県庁所在地にあり、多くの弁護士が存在する。本来なら裁判所は弁護士に依頼するのであろうが、相続財産がそれほど高額ではないため、弁護士に依頗しがたい事情があったのではないかとも推察するが、依頼があることは事実である。私の同業の友人は、人口3万人程度の市で開業しており弁護士がいないため、相当高額な財産の管理人となり、複雑な権利関係を粘り強く解決している。また、本誌でも相続財産管理人に選任された地方都市の方の記事が掲載されていた。このように、人口が少ない地方に行けば行くほど司法書士に大きな期待が寄せられている。
これら財産管理人はかなり広範囲でかつ重要な権限を看しており、家庭裁判所が選任する場合においても十分に信頗できる者に、これにあたらせる必要のある事務であろうと考える。その事務を司法書士がその重責を十分に担っているのである。今後、相続財産管理人の選任や不在者財産管理人の選任の申立ての際に、管理人候補者を「司法書士〇〇〇〇」として記載し、積極的に対応していくべきであり、その結果が、家事事件における司法書士の関与率を高くするものと考える。
(C)家事調停委員
簡裁代理権獲得後の簡裁民事調停委員への司法書士就任者が多くなっているということをよく聞くことがある。ところが、簡裁民事調停委員に就任した多くの司法書士が、家事調停委員にも就任していることを最近になって知った。しかも、家庭裁判所は弁護士調停委員より司法書士調停委員のほうに事件を回す傾向が強いとの報告もある。職務内容がどちらかというと仲裁型、非訟型であり、辛抱強く対応する方が多いことや司法書士の生まじめさが、調停向きとの評価があるようである。しかも、一般の方と異なり、調停手続に対応できるだけの法的素養も備わっている。これほど調停委員に適した職種はないのかもしれない。このような状況を踏まえて、全国の司法書士会が積極的に調停委員を推薦し、より多くの調停委員を輩出する運動を展開すべきだと考えている。それが、家事代理権の獲得にもつながるだろう。
(D)ADR(特に相続、財産分与等権利の得喪に関する事項)
いわゆるADR法(裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律)が施行されて2年が経過しようとしているが、現在もそれほど多くのADR機関が立ち上がった状態ではない。司法書士界も同様であり、数会が認証を受けただけと聞き及んでいる。しかも、弁護士助言型のADR機関は東京司法書士会のみとのことである(ただし、認証を受けないADR機関を近畿司法書士会連合会を中心に立ち上げている)。
簡易裁判所の事物管轄の範囲内に限定されるが、司法書士のみが弁護士の助言のないADR機関の認証を得ることができることはご存じのことと思う。前述した弁護士法との絡みであり、簡易裁判所の事物管轄の範囲内は司法書士に代理権があるから単独で可能であるが、代理権のない家事事件については、残念ながら司法書士単独のADR機関では認証は得られない法制度になっている。しかも、ADR機関を立ち上げ、認証を得るためには、「専門的知見」を有していなければならないことをご存じであろうか。
ADR法制定前から連合会は、簡易裁判所の事物管轄にとらわれないADR機関の立上げを視野に入れ、法務省、日弁連と協議を行ってきた。その中で、司法書士の家事事件への専門的知見が問題となり、司法書士には家事事件に関する専門性はないという日弁連との間で粘り強い協議が続けられた。その結果、「登記に関係する遺産分割、財産分与等」については専門性があるとの理解を得られ、司法書士と弁護士が協力して行うADR機関の設置を前提に、そのための合意文書の作成にまで至ったのである。ところが、「ADR機関とは、誰が行ってもよい裁判外紛争処理機関であり、司法書士が弁護士の助言を受ける必要はない」とのADRのそもそも論を主張する意見があり賛同が得られず、連合会は、日弁連との合意文書を承認することなく、それまでの長期にわたる協議を打ち切った状態となり、現在もその協議の再開はされていない。
確かに諸外国のADR機関は、弁護士が関与せず、誰が行ってもよいとすることが通常のようであり、それがADRの本来の形かもしれない。日本もそうなるべきであると思うが、ADRそのものの理解がほとんどないというわが国の現状ではどうであろうか。ADRを利用する社会に成熟し、依顔当事者がどのADR機関を選択すべきか判断できるような社会になれば、誰がどのようなADRを行ってもよい制度にすべきであると思うが、現時点で専門性のない人がいい加減な仲裁等をなした場合の、当事者に対する深刻な影響を考えると、当面、一定の専門性が備わっているべきであろうし、仲裁等に法的効果を与えるためには、法律家の関与も必要なのではないだろうか。
日本のADR法は、認証を受けるADR機関は弁護士助言型を原則として規定されており、一定の法的効果を与えるADR機関は認証を得る必要がある。認証を得るためには専門性を判断されることになる。これは法の不備であり、もっと誰もが使いやすいものにすべきだという意見が多い。
しかし、前述のとおり、理想形はともかく、現在の法律はそうなってはない。悪法だとはいわないが、これも法であり、司法書士界だけが反対していても、近い将来法改正がなされる見込みはない。現に、他の業界では弁護士助言型のADR機関を立ち上げているのである。
司法書士界は、どちらを選ぶべきなのであろうか。弁護士助言型で「登記に関係する遺産分割、財産分与等」も行うADRか、単独で「簡易裁判所の事物管轄の範囲」のADRか、法的効果のないいわゆるメディエーション型(メディエーションとは、ADRの手法であり、正確な呼称ではない)なのか。各単位会によってまちまちであろうと思う。また、統一する必要はないであろう。ただ、どの方式であろうと選択できる環境を整える必要がある。しかも、次期司法書士法改正において必要なのは、実績であり、この分野においては、認証された司法書士ADR機関の受託件数と解決した件数のみが判断材料とされることに留意すべきであろう。
東京司法書士会のように、日弁連協議と関係なく特定の弁護士の方に協力を仰ぎ、「登記に関係する遺産分割、財産分与等」も行える弁護士助言型ADR機関を立ち上げられたところはよいが、他の単位会で同様のADR機関を立ち上げようとしても、なかなか地元弁毒士会や特定の弁護士の協力を得るのは難しいと思われる。そのためには、現実性のない「そもそも論」には取りあえず目をつぶってでも、実現性のある日弁連との合意文害を早急に取り交わすべきであろう。
そのうえで「登記に関係する遺産分割、財産分与等」も行える弁護士助言型ADR機関を立ち上げることが可能な単位会には立ち上げてもらい、家事事件についても司法書士がADRを主催している、効果がある、という市民の評価が得られるならば、「司法書士ADRには弁護士助言は不必要である」とか、「司法書士に家事事件の代理権を与えるべき」との声があがるようになると思うのだが、いかがだろうか。
何も実施せず、机上で理想論を唱えても何も解決しない。実施してその不都合さ、不合理性を指摘し、改善していくべきである。そして、司法書士の家事代理権の獲得に道筋を付けるべきであると考える。
4 司法過疎への対応
最近、医療業界で医療過疎が叫ばれており、厚生労働省が重い腰を上げ、医師不足の解消や医療機関の充実をめざし、医療研修制度を見直し、各都道府県の研修医枠を設けたようである。法曹界においては、日弁連は平成8年5月にいわゆる「名古屋宣言」を決議し、早くから弁護士過疎・偏在問題を解消すべく取り組み、平成11年には、東京弁護士会からの1億円の寄付を財源に「ひまわり基金」を創設し、公設事務所を設け、弁護士過疎を積極的に解消すべく継続中であり、平成21年1月現在で全国に70カ所設置している。
一方、司法書士界は、弁護士に比べ中小都市にも司法書士が点在していたことから、平成14年法改正の際にも「全国津々浦々に存在する」ことを大前提に法改正運動を展開し、その結果、地域における本人訴訟援助の実績が認められ、司法制度最大の改革である簡裁代理権を獲得したのである。
ところで、司法書士界が現在でも「全国津々浦々に存在する」する制度となっているのかというと、法務局の統廃合、会員の高齢化による廃業に伴う既存会員の減少などがあり、地方の司法サービスに陰りを落としていることは間違いない事実である。司法書士の合格者数は年々増加しているにもかかわらず、そのほとんどが大都市部で開業または雇用されており、地方で新規開業する人が少ないことにより、地方での司法書士の高齢化と相まって実質数の減少が進んでいる。
このような状況を踏まえ、連合会としては、司法書士制度全体として司法書士過疎に取り組む必要を認識し、平成17年度から本格的に司法書士過疎解消事業に取り組んできた。しかし当時は、多くの方から、「私の地域には司法書士過疎はない」との強い反発を受けたり、また一方では、過疎地域で開業するとはいえ、隣接地にすでに開業している司法書士からは、「なぜ、自分の会費を利用して(いわゆる)商売敵を支援するのだ」という意見も多数寄せられた。今思えは、これらの声は、現に各過疎地域でがんばっていた司法書士を擁護するための発言であったと思う。
しかし、司法書士が簡易裁判所等関連業務を行うことになり、その対応は大きく様変わりし、登記関連業務しか行っていない司法書士では、地元の司法ニーズに十分に応えていくことが困難な状況となっており、その意味で、本当に司法書士過疎がなかったのかというと、残念ながら決してそうではなかったと思う。当時の調査でも、多くの町村単位で司法書士不在の地域が存在していたし、地元の司法書士が、登記以外の業務に携わることができるということを、地元の行政や住民はほとんど知らず、十分に活用されていなかったことが報告された。また、アンケートの分析からは、司法書士は存在するが、その方が高齢であり、後継者を求めていた地域の存在も明らかになった。
そこで連合会は、各地の既存の司法書士との摩擦を避けるため、簡裁代理認定司法書士が不在であり、既存の司法書士が0もしくは1の地域を司法書士過疎地と特定し、当該地域に新たに司法書士が開業し、その地元に定着してもらうべく事業計画を立てた。それが、現在の「地域司法拡充基金」であり、平成17年度に導入されたのである。その後、現在まで20名の開業を支援し、北海道から、沖縄の久米島まで、まさに全国各地で地域司法サービスの充実に最大限の力を発揮していることころである。
しかし残念ながら、10年前と比較して会員が減少している単位会は半数以上もあり、その多くが地方の単位会であることに注目しなければならない。私の開業している高知県でも20年前は150名前後の会員数であったが、現在は司法書士過疎基金を受給して県外から高知に来てくれた2名を入れてもわずか118名である。約20%の減少であり、同様の傾向を示している地方の単位会も多いと思われる。会員数が減少している会は、会員の平均年齢について一度分析していただきたい。今後10年間でどの程度の司法書士の増減があるか、容易に予測がつくはずである。そして、その数に驚くことは間違いないと思われる。
ところで、前述したとおり、簡裁代理権獲得のポイントとなったのは、地方の司法書士が本人訴訟を支援していた実演が大きく貢献していたことは間違いない。また、現在でも簡易裁判所の民事調停委員や家事調停委員、相続財産管理人や不在者財産管理人に司法書士が選任されているのは地方が圧倒的に多いという事実が存在する。私たちは、これらの実績を大切にしなければならない。そのためにも、地域住民のために、司法書士という法律専門家の活用を促し、多くの問題を解決するために、司法書士過疎対策をより強力に推し進める必要があると考える。
司法書士過疎対策に着手した当時は、暗中模索であり、手探りの状態であったことは否めない。連合会が事業計画として進める過疎対策そのものに反対する意見があったし、それらの単位会の意見を無視して一律に実施することはあまりにも乱暴な事業遂行であると判断し、取りあえず地元の理解が得られた実施可能な地域から実施してきた。さらには、地域司法拡充基金の資金が少なく、1年間に開業・定着資金を支援できる会員数が限定されていた。しかし、現在は多くの地方単位会で、制度全体への理解が深まってきており、個々の単位会やブロック単位でその地域に見合った過疎対策事業に取り組みつつある。今後の課題としては、継続的な基金の手当てと開業者に対するフォローアップ体制、特に地元単位会との相互理解をどのように得るかという問題の解決に取り組むことが重要だと考える。
これらの基金の財源は、一定の期間後、貸付金の返還により、充当されることが予定されているが、それでも不足することが予想されており、一般会計で賄わざるを得ないことになる。これらに対しては、いまだ反対する意見があることは十分に承知している。しかし、今まで述べてきたように、地方における司法書士の実績が、司法書士制度全体に対して大きく影響を及ぼしていることは事実である。司法書士が地域司法へ貢献し、その貢献度が次の司法書士法改正に必ずつながると信じる。そのために、都会におられる司法書士にも、財政的な面で負担していただき、司法書士界全体でこの制度を支えていく必要があると思うし、全員の力で本当の意味の「全国津々浦々に存在する」制度にする必要があると思う。その結果、法改正がなされ、簡裁民事調停代理権や家事代理権が獲得できたならば、当然に都市部の司法書士もその権限を享受できるのであり、司法書士過疎基金に拠出する会費が大いに役立つと考える。
日弁連の「ひまわり基金」は、2000年から開始され、その資金は約260億円である。現在でも各地に公設事務所を設置しつつあり、地方裁判所管轄内における弁護士ゼロ地域の解消に取り組んでいる。司法書士界が、今以上の手当てをすることなく、自然に任せていたとしたならばどうなるのであろうか。近い将来「全国津々浦々」の看板を下ろさざるを得ないことになりかねない。今のところ弁護士の公設事務所は、市部であり町村部にはない。だからこそ、今のうちに司法過疎対策をきめ細かに対応し、司法書士を配置し、弁護士より充実した「全国津々浦々」を実現しなければならないと思う。
さらには、過疎地域でがんばっている会員へのフォローアップ体制を構築しなければならない。過疎地域での日常の業務のアドバイザーであるマザーシップ事務所の創設はもちろんのこと、今後は、せっかく過疎地域へ行ったにもかかわらず、土地になじめず戻ってくる人も出てくるであろう。仮に、その人たちが都会に帰ってきたときに、何らかの受入先を用意しておくべきである。その人たちの、それ以後の生活をどうするのかも考える必要があると考える。
また、日弁連の公設事務所のように、一定の期間駐在してもらい、期間終了後は元の事務所に戻れるような保障も検討する必要があろう。たとえば、都市部の共同事務所(もちろん司法書士法人も含む)と連合会あるいはブロック会が提携し、当該事務所のある司法書士を3年間程度過疎地に派遣してもらい、期間満了後には当該事務所に復帰する等、いくつかの事務所と提携することを検討する必要があると思う。これらを含め、司法過疎地域において、司法書士が活躍し、司法制度を日本全国隅々まで行き渡らせてこそ、司法過疎解消対策が実のあるものになり、本当の意味で、司法アクセス障害が解消されると思う。
(以下、次号に続く)